十余二(とよふた)地区の開発内容は 小金牧の記事中、目次7番高田台牧の箇所をご覧ください。
140-1 十余二の伊勢原皇大神社
字は伊勢原で現在の区分では十余二(とよふた)地区のはずれでにあります。元来は明治開墾の12番目である十余二地区に開設された神社です。
参道左手に稲荷社の朱鳥居がみえます |
ちょっと読み辛いですが拡大してご覧ください |
左に山神社、右に庚申塔 |
結構初期の元禄塔なので載せておきます |
140-2 正連寺の香取神社
十余二工業団地の南に隣接するのが正連寺地区です。国道16号線で東西に分断されています。寛永二年(1625)本田正貫領知目録写に正連寺村十七石余の記載ある小さな村だったようです。 地区の北西部に手賀沼に注ぎ込む大堀川の源流のひとつこんぶくろ池があって、昔は小金牧の馬の水飲み場にもなった荒れた湿地 が多いところでした。香取神社の周辺もそんな雰囲気が残っているところです。
平成22年再建の鳥居のすぐ右手に畑地が広がっています |
更にすすむと文久四年の山神宮石祠が祀られています。こういう開けた平地ですが、杣取(そまとり)=山林から材木を切り出すきこり)の刻字が往時の寂れた雰囲気を醸し出します。
台石に杣取講中と刻んでいます |
左から天保十三年(1842)馬頭観音、延享四年(1747)六臂ショケラ持青面金剛、享保二二(=四の異体字)年六臂合掌青面金剛、正徳五年(1715)六臂羂索持青面金剛、明和六年(1769)・文政十一年(1828)文字庚申塔となっています。左端の馬頭観音はその像容からは馬頭観音とは分かりません。ちょっと違和感のある石塔です。
一番大きな正徳五年塔です |
甲子塔ですが、逆光の為補正。正連寺390前から移設されたようです |
140-3 正連寺398前の馬頭観音
香取神社を南下し国道16号へ出る手目の三叉路の斜面に文字馬頭観音がポツンと立っています。
斜面上は国道16号線です |
140-4 正連寺の虚空蔵堂
明治期に廃寺になった真言宗正蔵院の跡地にあります。整備された墓地となっています。
地内に安永六年(1777)六地蔵が祀られています。他には新しい笠塔婆が目に付くくらいでした。
140-5 若柴観音堂
正連寺の南に若柴地区があります。地区西部はつくばエクスプレス線が縦断し柏の葉キャンパス駅が開業、ララポート柏の葉などの商業施設がオープンしています。近年最も開発が激しい地区となっています。地区東部を国道16号線が縦断していますが、若柴交差点角地が若柴観音堂となっています。
敷地内の六所神社そばに庚申塔・馬頭観音・道祖神など石仏が集められています。
上の写真では手前2列10基の庚申塔・地蔵塔・如意輪塔が祀られています。前列左から、享保十三年(1728)・享保七年(1722)六臂合掌青面金剛塔・寛文十二年(1672)大日如来庚申塔・中央は文化九年(1812)種子ウーン文字庚申塔です。
享保七年塔ですが表情が素朴でいい |
寛文拾二年塔智拳印金剛界大日如来で下部に三猿 |
元禄塔は十月十九日付から、柏市史では十九夜塔に分類 |
延宝三年塔は十月吉日造塔で如意輪観音塔の分類 |
角柱型のしっかりした石塔で念仏講中の刻字 |
庚申塔群の背後には、天保三年・嘉永元年の道祖神や天保三年・明治16年の山神宮石祠などが並べられています。おまけに若柴夜曲なる歌碑も「わかしば恋しい春の夜に・・・若柴観音がんかけて・・・柏の若柴パラダイス」と唄っていますが、同じ場所でいいのかウーンどうなんでしょうか?
この脇に立派な歌(謡曲)碑がありますが |
若柴観音堂 |
左から文化八年・明治3年・明治6年の馬頭観音塔 |
以上でひとまず柏の石仏めぐりを終えることにいたします。
一区切り付けてほっとしたところです。次のテーマはまだ絞れないのですが、関心があちこちに飛んでおり勉強不足が痛感されます。何とか月2回の更新でやっていければと思っています。拙いブログにお付き合いいただいている皆さんは、感謝!感謝!
より大きな地図で 140 柏の石仏(最終回) 十余二・正連寺・若柴 を表示
0 件のコメント:
コメントを投稿