ガイドブックは昭和55年「高遠の石仏」第二版と石仏地図手帳長野編を参考にしています。尚、三義山室地区方面では原組バイパス開通で道路事情が激変しガイドの石仏所在地標記が景観と全く一致していないことを予めお断りしておきます。
49E-1板山多目的集会所(正法寺門前)の石塔
前回の昌法寺から杖突街道に戻り約500m南下します。長藤(おさふじ)診療所方向へ左折して進めば道は山際に正法寺門前を過ぎていきます。下の写真では石段正面が正法寺でその右は板山多目的集会所となっています。正面石段右の斜面に17基ばかりの石塔が建っています。
ほとんどが南無妙法蓮華経の題目塔か経典読誦塔です。傷みが大きく造立年代などは読みきれません。下左の写真「奉唱寒題目・・」となるところの「唱=口日を日の上に重ねる」書体が面白いですね。右写真で左端の石塔は明和六年(1769)「奉誦三寒 惣持品五千巻供養」石塔ですが三寒とは何か?ですね。![]() | ![]() |
49E-2高遠町中屋村中の石仏
正法寺の前を通って素掘りの小豆坂トンネルを抜けると県道211号線です。T字路に突き当たり左折して北上します。約1km進むと中屋村中(なかやむらなかという小字)への橋があります。細い道路を上に詰めると車のすれ違いも出来ない道路沿いの斜面に石垣を築いて石塔が祀られています。
中央の道祖神を見たくてやって来ましたが、ちょっと分かり辛いですね。
「道祖神」の文字の中に剣・宝珠・錫杖等の仏具装飾を施した道祖神なんですが。らしく見えたでしょうか。左の小さな石塔は天保十一年(1840)などの文字馬頭観音3基です。道祖神右は年不明「寒念仏」塔、昭和53年水神塔・天保三年(1832)馬頭観音像塔などとなります。
49E-3三義荊口(みよしばらぐち)・(旧日向・道祖神)の石仏県道に戻り約500m北上すれは三義荊口地区の集落ですが、集落手前の道路沿いに15基の石仏です。(実際は県道に戻り南下約500mの県道沿い北側に所在)
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