ベトナムの中部へ観光旅行へいって来ました。訪問先のリストに3つの世界文化遺産が入っておりそのひとつがミーソン遺跡です。予備知識無しの訪問ですが、石つながりの備忘録を遺しておきましょう。ベトナムは南北1600kmの細長い国ですがその中央あたりの高原部にこの遺跡があります。
165E-1 ミーソン聖域(世界文化遺産)
ミーゾン聖域は、ベトナム南部を支配したチャンパ王国の7世紀から13世紀頃のヒンドゥ教祭祀遺跡です。したがって人が居住したわけでなく、まつりごとをする際だけのための施設(赤茶けたレンガの遺構)が遺されています。19世紀にフランス人が密林の中から発見しましたが、ベトナム戦争でアメリカ軍の空爆にさらされた跡が痛々しく残っています。
詳しい説明は、
ミーソン聖跡 ・ チャンパ王国としてWikipediaでご覧ください。
赤茶けたレンガを積んだ遺構ですがその築造技術はすばらしく、レンガの接着剤は不明ながらレンガ壁面は今もしっかりと残っています。かえって現代の修復でセメント接着されたレンガはカビ痕も黒々と痛み、古代の無傷レンガと比較して古代文明の高さがわかります。
遺構内にはわずかなレリーフや石造遺物の断片が展示されるばかりです。


礼拝遺構には窓も柱もなく、只レンガを積み上げて造っています。

これほどの文明をもったチャンパ王国ですが、周囲の隣国の侵攻侵略に対し争いが絶えなかったようです。下の写真は、カンボジア・アンコールトム遺跡壁面に残された11世紀頃のチャンパ王国軍(チャム人)です。左面船上の兜をかぶったのチャンパ軍で、右面の耳長坊主頭がアンコール軍(クメール人)です。トンレ・サップ湖での戦いで湖面に落ちた兵士がワニに食べられています。当時の日常生活が絵巻物のように展開されるアンコール遺跡はめちゃ面白くて必見ですね。
165E-2 フエ市街・グエン朝王宮(世界文化遺産)
ベトナムの故都、日本で言えば京都にあたる街ですね。チャンパ王国創建時の首都はフエ近辺に比定され、近世ベトナムの
阮朝(グエンちょう)の首都がフエです。その王宮がある落ち着いた街まさに古都。
フエの概要はいつものとおりWikipediaの
「フエ」でご覧ください。要領よくまとめられていて、2番煎じの文章は不要と思い見聞した写真だけを載せておきます。
上の写真は旧市街のレストラン(元は貴族の館)の前栽にある小さな池の写真です。何が珍しいのかというと、2匹のかえるが写っています。
鳴き声が「ウワン」、牛ガエルならぬ犬カエルです。これ、本当。
夕陽の下に見える赤い旗が国旗掲揚台、周りの緑の一帯が王宮です。フォン川を挟んで向こうが旧市街で、こちらが新市街です。

王宮への途中に大きなフラッグタワー、「天人地」の三段構成でベトナム国旗が翻っています。王宮の入り口が午門、中央の黄色屋根は皇帝の入り口建物、両脇緑の瓦は文官武官を象徴します。

中国の影響で紫禁城の模して造られ、皇帝の黄色屋根が大和殿になっています。文官武官はその前庭で位官通りの所で立礼となります。

王宮には皇族の屋敷や菩提寺があります。皇族のみが楽しんだ劇場・閲是堂が復元され宮廷舞踊を見学することも出来ます。手灯かりのロウソクの火が紙に燃え移り大慌てで袖下に下がる椿事もありましたが。

165E-3
トゥドック帝廟(
嗣徳帝(しとくてい、トゥドゥックてい、Tự Ðức)
第四代皇帝トゥドック帝は釣り好きで、帝廟を生前には別荘のようにして使ったそうです。大きな蓮池・釣り殿があって帝廟とは思えません。

皇帝のお墓は質素ですね。帝廟内の前庭には、文官・武官・象・馬が塑像で作られ皇帝を見守っています。
165E-4
カイディン帝廟(
啓定帝(けいていてい、カイディンてい、
vi:Khải Ðịnh)
第十二代啓成皇帝ですが、フランス統治下の傀儡皇帝とみられていました。帝廟も中国様式を踏まえつつも西洋風のアレンジで1920年から死後6年まで12年かかって造られました。ガイドさんによると化粧好きな「ちょっと女っぽい皇帝」とか。

霊廟内は絢爛豪華の言葉通りの造作です。前庭には石人の文官武官、霊廟内は天井に龍、壁面装飾は陶片やガラス片(日本製ビール瓶など)で綺羅やかなモザイクで造営されています。

165E-5 ティエンムー寺(天女の寺)
七層八角形のトゥニャン塔で有名な仏教寺院です。この塔は高さ21mの風水塔だそうですが、漢字で「般若経文極楽・・」などと墨書されて親しみやすいですね。このお寺では今も多くの僧が修業生活しています。

このお寺は、サイゴンのアメリカ大使館前で焼身自殺した
ティック・クアン・ドック僧
の乗用車オースティンが展示されて有名です。けれど私には庭の大盆栽のような植栽とか、山門に祀られる仁王代わりの三国志に出てくる武将のほうが気になりますね。

165E-6 ホイアンの日本橋
ホイアンは世界遺産で有名なチャンパ王国時代の港町。朱印船貿易で日本人が16世紀初頭まで数多く来航し、日本人街もあった。今に残るのは有名な日本橋(来遠橋)が観光スポットになっています。屋根付橋の両側に犬と猿の石造遺物が残っていますが「両岸に置いて何で?」犬猿の仲なのかな。

古来の町並みは観光パンフレットのとおりですが、街中にはヒンドゥ教に由来する象頭人身のガネーシャ(歓喜天)やインド神話のガルーダ(迦楼羅天)など異国情緒たっぷりの仏教遺物が

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右手に蛇、 |
165E-7 ベトナム番外写真集
フエの朝市、ホイアンの屋内市場です。カオスのように見えますが、活気があふれています。その次にホイアンの町並みとウナギの寝床のような居宅内写真です。
ランタン夜市は暑い夜に温かさが感じられます。
宮廷料理のレストランはそれらしく置物だらけです。ニンジンで不死鳥の首、パイナップルの皮が胴体です。









花壇の花のように見える写真は、線香売りがベトナム線香でディスプレイしています。下のお札は供物として供える精巧なオモチャです。観光客がだまされるので要注意とか。
一番下は、車窓からみたベトナムのお墓です。沖縄のお墓の雰囲気と似ていますね。