2010/05/18

76北総石仏 柏・旧沼南町の石仏(大島田)

旧沼南町のほぼ中央部を南北に貫くのが、県道8号船橋取手線です。同じく中央部を東西に横切る国道16号線とこの県道8号が交差するのが大島田(交差点)地区となります。県道8号沿いにある泉蔵寺とその後ろの安房柄神社にこの地区の石造物が集中しています。

76-1泉蔵寺の石造物
国道16号大島田信号交差点のすぐ北に位置する真言宗豊山派普門山泉蔵寺は、県道8号を左に下る道路が自然に門前に導いてくれます。昭和53年再建のコンクリート造りの本堂が参道正面に堂々と見えています。門前右手の覆屋には、宝永五年(1708)三面六臂合掌の青面金剛像塔が門兵の如く納まっています。足許の三猿脇に二鶏が並んでいて変わった構図です。行者風の頭巾姿・チョッキ姿・腰紐・二手合掌の形態・宝永年間などは、かって東葛飾地区二手青面金剛として発表され話題となった像塔グループの仲間と推察されますが、論文リストには見えなかったものです。門前左は享保九年(1724)六地蔵の紅い涎掛けが目に付きます。境内左際に石仏が並んでいます。特徴あるものを挙げておきましょう。写真中央の享保十年(1725)青面金剛塔の隣に覆い屋があります。中には左に明和六年(1769)「南無勢至菩薩」塔があります。中央が文政七年(1824)弘法大師塔で、右奥は古い寛文十一年(1671)の金剛界大日塔となります。この大日塔は下部に三猿があるところから庚申塔でもあるようです。この塔は大島田・塚崎の境にあったものが移転してきたと資料に注記されています。更に石仏は続きます。無縫塔など5基の先には、下の写真の左から明治29年線彫りの釈迦三尊碑が並んでいます。続いて小ぶりの十九夜塔が3基並んでいます。享保三年(1718)・文政七年(1824)・元禄四年(1691)でちょっと荒れているのが寂しいですが3世紀に亘る見本のようでそう思えば立派なものです。唐破風笠石の石祠は明治の待道祠と思われますが、今は「待道正観世音菩薩」の文字も剥落して読むことが出来ません。テキストでは「弘法大師作」「常州龍ヶ崎写」とも碑面に刻まれていたようですが、見れなくて残念ですね。丸彫りの定印阿弥陀像もあるのですが新しそうで資料にも掲載無く不思議。

76-2安房柄神社の石祠群
泉蔵寺の西奥の高台に位置するのが大島田の鎮守安房柄神社です。泉蔵寺と同じ元和六年(1620)の創設とされています。千葉県館山の式内社安房神社の分社です。Wikipediaで確認しておきましょう。
薄暗い境内にぽつぽつと石祠やミニ富士塚などが確認できます。確認出来たものだけで、明治28年駒形神・浅間大菩薩・明治16年阿夫利大神・大正3年昭和17年三峰祠・明治13年出羽三山塔・安永二年(1773)金剛界大日塔・文化二年(1805)天満宮?・嘉永七年(1854)山神祠・嘉永六年(1853)明治27年待道祠等々石造物アワアワ状態です。マニアには笑顔がこぼれ碑面を推理する楽しい場所ですが、一般人にはきっと不気味に映る所でしょう。

76-3親仔馬の馬頭観音塔
先ほどの泉蔵寺前の県道8号を200mほど北上すれば左に柏市立図書館沼南分館となります。この四つ角を右折して10mほどの民家の境界の大木下に馬頭観音が置かれています。沼南町史には「馬頭観音が置かれているS家ではかって仔馬の育成していた由」と注記があります。大正六年(1917)のほぼ90年前の建立、正面=南ハ塚崎役場高柳方面、右側面=東ハ若柳成田方面、左側面=西ハ柏停車場流山方面と読める道標になっています。母馬が仔馬に授乳をしていると思われる珍しい浮き彫りです。きっと知らない人が多くて惜しいですね。

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