2011/09/20

118 北総石仏 柏の石仏 酒井根Ⅱ


前回に引き続き酒井根です。昔、このあたりは境根と呼ばれていたそうですが、「境根原の合戦に勝った大田道灌が喉を潤した井戸があり、まるで酒のようであったことから以後酒井根に変わった」とか述べられています。(続 柏のむかし)
118-1 酒井根薬師堂の西国八十八箇所
酒井根薬師堂は前回の龍光寺の南西150mの高台にあります。石段傍には文久二年(1862)八十八箇所石標はありますが、古いガイドにある文化九年櫛形彫像石標は見当たりませんね。

薬師堂の由来は正長元年(1428)創建・天正五年(1577)本堂再建、その後堂守となった河瀬鳳瑞師が整備して八十八箇所を整えたと解説板に詳しく載っています。じっくりお読みください。

さて、八十八箇所石仏は右回りに「従是阿波国二十三箇所」摸(異体字)の石柱から始まります。きちんとしていて往時の盛況振りが分かりますね。
 第一番は霊山寺から始まります。続いて国毎に「土佐君国二十六箇所」「伊予国二十六箇所」「讃岐国二十三箇所」の道標に続いて札所のご本尊が祀られています。荒れた石仏も多いのですが気に入ったお姿のいいものや気になる仏を載せておきましょう。
一番霊山寺・施無畏与願印・釈迦如来
七番十楽寺・定印阿弥陀如来
十番切幡寺(きりはたじ)千手観音
二十四番最御崎寺(ほつみさきじ)虚空蔵菩薩
二十五番津照寺(しんしょうじ)・延命地蔵菩薩
三十六番青龍寺(しょうりゅうじ)不動明王
四十番観自在寺・薬師如来
五十六番南光坊・大通智勝如来(『法華経』の化城喩品第七に説かれている仏)
六十三番吉祥寺・毘沙門天
二十六番光明院(通称西寺)・医王善逝大師(薬師如来の筈?)
三十番大日寺・金剛界大日如来
 
八十番国分寺・十一面千手観音(前面で合掌手と定印)
 広い運動場のような広場の周りに下の写真のように並んでいます。昔はもっと趣があってご利益豊かな雰囲気だったのでしょう。

 四角いお顔や像容から限られた人数の石工によるものが見て取れます。うずめられた霊場のお砂はどうなったのでしょうか?
118-2 酒井根の八坂神社
前回の龍光寺の門前を200m北上すると右手に四脚の稚児柱をもつ木製の両部鳥居が見えます。
創始は鎌倉後期弘安年間(1278-88)との伝承が「土村史」に載っているそうです。享保十八年牛頭天王を社殿に祀り再建、明治に八坂神社と改称と市史が推定しています。
石仏は石祠ばかりですね。保存状態もよくありません。寂しいことですが。
嘉永六年(1853)不動明王で磐座に制多迦童子矜羯羅童子が見えます
小さなお堂に上の写真の成田不動が祀られています。境内の際には小さな石祠が並べられていますが、民間信仰の落し物みたいで、参る人がなければ廃れてしまう有様が哀れです。
左から文化四年大杉大明神・文化四年山神宮・明治27年雷電大神
今回はこれまでとしましょう。
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