路傍や社寺の片隅にある石造物に心惹かれて。 出来ないことを数える人生でなく、出来ることを数える人生を歩みたいと思います。ホームグラウンドの房総の石仏(主に北総)を巡ります。時々Eシリーズで近県へ遠足拝観を行います。文末の地図は拡大表示ができ、マークをクリックしてごらん下さい。 このブログは筆者の備忘録のつもりで記載を始めたものです。東日本大震災前の記録も多く、現状と相違している場合もあるのでご承知願います。 10年ぶりに見直したところ、Google地図が仕様変更となって、地図のリンク切れが散見されました。分かる範囲で復旧するつもりですが、更新記事は地図再掲のものが主となります。
2008/11/14
5.北総石仏 小林Ⅴ最終回
5-1.西福寺
いよいよエンディングが近いです。猿田彦神社前の道を向かって左に進めば少しで右手に西福寺です。参道入口左手に4+1体の石仏です。手前の小さな石造物は判然としません。左から享保十四年(1729)の十九夜念仏供養塔、文政十年(1827)の六十六部供養塔、年代不明の如意輪観音、延宝七年(1679)の十九夜塔が迎えてくれます。
門柱のような形で一石三体彫りの六地蔵が建っています。四面のうち三面だけに像が彫られ左右対で六地蔵として出迎えてくれます。なんだか可笑しく思えました。
これは高さが2.6mもある享保十一年(1726)の六十六部読誦塔です。デカッ。左面に延宝七年(1679)雑経一万巻、右面に享保十一年(1726)天台融通念仏一億と刻まれています。立派!
5-2大日堂
はっきり言ってたどり着くには地図を見ても判然としません。一見したところ三方を崖に囲まれた空き地のように見えます。
墓地の大幅な改修が行われていて空き地の中に墓石が立っています。プレハブ小屋のようなものが大日堂でしょうか。墓石の合間の見つけにくいところに石仏が置かれています。
写真の左端自然石はどうも故人のお墓のようです。その隣を右に明治十七年日記念仏塔、同じく宝暦九年(1759)の日記念仏塔です。その右はが元禄十六年(1703)の十九夜塔です。
これで北総石仏 小林編はおしまいです。
大日堂は、墓地の整理がされて判然としない。地元の方におたずねいただきたい。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿