2009/01/14

20E.江戸の石仏 西部新宿線で鷺宮まで

前回まで遠足シリーズで早稲田大学までやって来ました。大学正門前からバスで高田馬場馬に出て、まずは西部新宿線で2つ目の中井まで行きます。 
20E-1.最勝寺の七福神 
 新春に相応しく七福神を拝むことにしますが、北総でお目にかかれない石仏も頻出です。中井駅から国道317号(環状6号線山手通り)に出ます。高架工事で駅からの道がわかり難くなっています。都営大江戸線A1出口を目指せば出口右折1分で最勝寺です。本堂に向かって左手に墓地への入口があります。左に3体右に1体の石仏です。左の一番手前にあるのが左手に未敷蓮華・右手与願印の聖観音の丸彫り坐像です。記銘など見当たらずよく分かりません。隣に「奉千体参詣供養為二世安楽建也」の地藏菩薩です。古いガイドの「奉十体云々」は誤植でしょう。右手には寛文八年(1668)の地藏主尊庚申があります。左下方に「奉納庚申供養」の文字が読めます。この入口の左手続きに墓標を集めた無縁塔がありますが、頂点には十一面観音が載っています。墓標ですがくっきりと刻まれています。墓地の右手に進みましょう。角に元禄五年(1692)浅間本地の十一面観音がおられます。左手に蓮華を挿した花瓶、右手に錫杖を持った十一面観音の浮き彫りです。上と比べてみると楽しくなります。江戸の香りがしませんか 華麗。この先を進むと???というような石仏達が並んでいます。さて傘のお化けみたいなのは何でしょうね。さて、本堂に近い方にも墓地の入口があります。こちらに子育て地藏が3体、いつも供花と線香が絶えませんが、その真中の地蔵さんは必見です。子供がまとわりついています。しかしタイトルの七福神は何処?一見しただけでは見当たりません。表示もありません。実は本堂右手前が寺務所に続く通路ですが、そちらに向かうと分かります。通路沿いの低く続く岩陰に七福神が並んでいました。一挙公開です。というわけです。七体が完全に揃うのは此処と南品川品川寺の二箇所といわれています。そしてこの七福神の左側には弁財天の使いとされる蛇の石像があります。反対の七福神右側には如意輪観音がおられます。以上、真言宗最勝寺の七福神石仏パレードでした。 中井駅に戻り、次は二つ目の沼袋です。 
20E-2.実相院の勢至菩薩
沼袋駅を出たらバス通りの商店街を右折して100mほど北上します。実相院の表示を左折すればすぐに着きます。山門を入ると左の植え込みには数体の石仏が植え込みに散在しています。元禄四年(1691)の2手如意輪観音は彫もしっかりとしています。このほかに大正13年の文字馬頭もありますが、後方などに見える石仏は全て墓標なので注意しましょう。右手の植え込みには天和二年(1682)地蔵菩薩がデカッ。失礼しました、静かに門前を見守っています。坂を上がり本堂手前を左に入ると墓地となりますがその入口通路左にに5基の庚申塔などが並んでいます。左から寛文九年(1669)笠付文字三猿庚申塔、元文三年(1738)笠付勢至菩薩塔、正徳三年(1713)・元禄十年(1697)笠付合掌二手青面金剛、同じく元禄十年駒形青面金剛塔です。左から二つ目は勢至菩薩として単独供養塔として存在し珍しいものです。「供養得大勢至菩薩」とよく刻まれているのを見かけます。この庚申塔列の斜め前には六地蔵と剥落が激しい不動明王が並んでいます。この六地蔵の正面通路(カメラ撮影地点)を少し行けば左手に享保二十年(1735)の二手馬頭尊があります。北総石仏でポピュラーなので今回は割愛し実相院はお仕舞いとしましょう。バス通りまで戻り左折で北上します。程なく百観音の表示があるので右折すれば明治寺です。
20E-3.明治寺の百観音 実は百八十余体 
 観音様の博物館ともいえる明治寺は、明治天皇のご病気平癒祈願の観音石仏建立を契機に大正元年観音開眼を起こりとする真言宗のお寺です。入口から多宝塔が見えます。境内は百観音公園となっていて西国坂東秩父百観音が竹垣に囲まれて林立しています。実はその他番外の観音様も建立が続き、案内書には百八十余体と記されています。竹垣内にお参りするにはお寺に参詣してから始めましょう。 お寺で頂いたパンフレットに代表的な七観音のお姿が載っています。けれども撮影禁止なので石仏勉強のために行くなら百観音寺の本尊が分かる資料を手許に用意して出かけるのがいいと思います。尚、テキストでのお奨めは「准提観音と西国九番奈良南円堂の写しである六手坐像の不空羂索観音」だそうですが私は準備不足で失念してました。残念。明治寺のHPはこちらです。 
20E-4.福蔵院の十三仏 
沼袋駅まで戻ります。三駅先の鷺宮駅で下車し、踏み切りと妙正寺川を渡って南下50mで左に鷺宮八幡神社があります。その角を左折すれば神社隣が福蔵院です。参道入口右手に文政九年(1826)弘法大師塔、明治34年で台座は享保八年(1723)の地藏菩薩、宝暦二年(1752)地蔵菩薩が並んでいます。又、参道左手は天保五年(1834)三面六手馬頭観音坐像が高い石塔の上に鎮座しています。山門をくぐれば右手に今回のフィナーレを飾る十三仏が揃って迎えてくれます。もっと早い時間に綺麗な姿でお会いしたかったのですが、夕刻なのと覆いの中のために光線の加減が悪く、きちんとお姿をとどめられなかったのは残念でした。以上で今回の遠足は終わります。石仏の種類の多さや洗練されたプロの手腕による彫のフォルムなど、矢張り江戸石仏は華麗と感じました。しかし、一方では地元北総に見るおっとりした(悪く言えば稚拙・雅味のある)石仏もそれなりの味を出していて益々愛着が湧いてきました。充実した一日でした。合掌。

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